2024-06-08

医療機器のHFE 40年の歴史

医療機器 ヒューマンファクターズエンジニアリング 40年の歴史

今でこそ医療機器のヒューマンファクター/ユーザビリティエンジニアリングの規格やガイダンスは様々なものが発行されていますが、この分野がここまで来るまでに数十年の歴史があります。

この業界の第一人者のひとりであるMichael E. Wiklundさんから「Reflecting on four decades of progress in applying human factors engineering to medical devices. (過去40十年の医療機器へのヒューマンファクターズエンジニアリング (HFE) 適用の歴史)という論文が発行されていますので、その内容を少しご紹介します。以下の論文です。

Wiklund, M. E. (2022). Reflecting on four decades of progress in applying human factors engineering to medical devices. Human Factors in Healthcare, 2, 100024. https://doi.org/10.1016/j.hfh.2022.100024

この論文は、彼の自伝のような論文になっているのではないかと思います。軍用機器等に用いられていたHFEが、1980年代頃から、医療機器に用いられるようになり、そして現在に至るまでの歴史を、彼が見てきたものを通して垣間見ることができます。その頃から数えればもう40年くらい経ちます。その頃から活躍している皆さんのうち何名かは表舞台から退いたり、新たな道に進み始めている方もいます。でも彼はいつまでも“mission accomplished (任務完了)”になることは無いのだと、更なる業界の発展を望みながら、奮い立たせているように感じます。ここでは、この論文の中から特に私が気になった点をいくつかご紹介したいと思います。

医療機器業界はHFEの導入が遅かった

1990年初頭になり、医療機器へのHFEの適用が業界でも議論されるようになってきた頃、それでもそれを広めていくには多くのハードルがあったと彼は振り返っています。そして、難しかった理由をこのように説明しています。

Still, the movement toward that goal was slow. It seemed counterintuitive, but the medical industry was late and seemingly hesitant in applying HFE during the product development process. The common explanation shared among HFE professionals was that product developers assumed that the intended users — medical professionals — were intelligent, can-do people who would take technology in whatever form provided and “make it work.” It was not common to hear from physicians that they were unsure how to use a device. As customers, medical professionals were not necessarily demanding improved product usability.

しかし、その動きは遅々として進まなかった。直感に反するようだが、医療業界は製品開発プロセスにおいてHFEを適用するのが遅く、躊躇しているように見えた。HFE専門家の間で共通する説明は、製品開発者が、想定ユーザーである医療関係者は知的で実行力のある人々であり、提供された技術がどんな形であれ、それを「うまく使う」ものだと思い込んでいたということだ。医師から、デバイスの使い方がわからないという話を聞くことは、あまりないことだった。顧客である医療関係者は、必ずしも製品の使い勝手の向上を求めてはいなかったのだ。(DeepL翻訳)

この内容は、日本にも当てはまるのではないでしょうか。一般コンシューマ向けの製品と異なり、医療機器の多くは専門知識やスキルを持つ医療従事者の皆様によって使用されています。ましてや特に先生と呼ばれるような職業の方々が使い方を間違えるなんてことはないと考えているところもあるのではないでしょうか。そしてそのようなことはあってはならないと思っているところもあるかもしれません。日本の医療従事者の皆様の多くは、医療機器開発におけるHFE/UEという分野や規制があることも知らないのではないかと思います。

そのような状況を経て、米国ではFDAが発行した「Do It By Design: An Introduction to Human Factors in Medical Devices」という入門書的なドキュメントを皮切りに、2000年代初頭の医療事故に関する多くの議論から発展して、リスクマネジメントに基づくHFEのガイダンスが発行され、規制として、医療機器開発においてHFEの適用を求める声が高まって行くことになります。

FDAのHFEガイダンスに従うようにという業界への着実な圧力

新しい概念を広めるということには常にハードルが存在しますが、米国ではそのようなHFEの理解がなかなか広がらなかった初期の段階を経て、今では医療機器開発におけるHFEの適用は多くの企業に理解され、必須の活動として行われてきています。その頃と今の違いを彼はこう振り返っています。

Manufacturers are now acutely aware of the need to apply HFE during medical product development, largely due to the FDA's steady pressure on the industry to follow their HFE guidance. Manufacturers are keenly aware of the business consequences when the FDA has withheld approval or clearance of many new medical devices, including pharmaceutical combination products, in-vitro diagnostic devices, and even software as a medical device (SaMD), because of inadequate HFE.

FDAがHFEガイダンスに従うよう業界に着実に圧力をかけていることが主な要因となって、メーカーは医療製品開発時にHFEを適用する必要性を強く認識するようになった。メーカーは、HFEが不十分であることを理由に、コンビネーション製品、体外診断用機器、さらには医療機器プログラム(SaMD)を含む、多くの新しい医療機器の承認または認可をFDAが保留した場合に生じるビジネス上の影響を痛感しているのである。(DeepL翻訳)

米国FDAに対する各製品の申請内容はWeb上でサマリーが拝見できたりもしますが、ここでも言及されている通り、米国ではHFE適用の不備についてFDA当局から指摘を受け、上市が遅れるような状況になった製品も実際に存在します。HF関連のデータの不備について指摘を受けると大変なことになるということは、日本の医療機器メーカーでも身に染みてご存じの企業もあるかもしれません。

医療機器のHFE適用は欧米しかできていない

そしてこの論文では彼自身も、欧米とそれ以外の国々の状況の違いについて言及しています。彼は、特に米国、英国、EU圏外の、多くの医療機器開発者が依然としてHFEを採用する必要があると明確に指摘しています。

At this point, can HFE specialists working in the medical device industry say mission accomplished? Maybe yes in terms of widespread adoption of HFE by the medical industry, at least in the United Kingdom, European Union and the U.S., but no if we aspire to have a bigger and global impact. Medical error, including use errors involving medical products, remains a problem worldwide…. many more device developers worldwide, and particularly outside of the U.S., U.K., and EU, still need to adopt HFE. Fortunately, adoption is progressing quickly, particularly across Asia.

この時点で、医療機器業界で働くHFEスペシャリストは、任務完了と言えるでしょうか?少なくとも英国、EU、米国では、医療業界にHFEが広く採用されているという点ではそうかもしれないが、より大きな、世界的な影響を及ぼすことを目指すのであれば、そうではない。医療製品の使用ミスも含め、医療過誤は依然として世界中で問題になっている... 世界中の、特に米国、英国、EU圏外の多くの機器開発者が、まだHFEを採用する必要がある。幸いなことに、特にアジア諸国では急速に普及が進んでいる。(DeepL翻訳)

最後の「特にアジア諸国では急速に普及が進んでいる」という言及は、主に最近HFEガイダンスを発行した中国やJIS T 62366-1等の適用を必須とした日本を指しているのではないかと思います。特に巨大な市場である中国市場の動向は、多くの欧米企業も動向を注視しているようで、日本以上に注目されています。日本も数十年経って、やっと今年の4月にユーザビリティエンジニアリングの適用が必須となったばかりです。日本でも更にこの分野が浸透していくことを期待したいと思います。

参考文献:

Sawyer D, Aziz KJ, Backinger CL, Beers ET, Lowery A, Sykes SM, et al. (1996). Do it by Design: An Introduction to Human Factors in Medical Devices. US Department of Health and Human Services, Public Health Service, Food and Drug Administration, Center for Devices and Radiological Health.

U.S. FDA. (2000, July). Guidance for Industry and FDA Premarket and Design Control Reviewers: Medical Device Use-Safety: Incorporating Human Factors Engineering into Risk Management.

U.S. FDA. (2011, June). Draft Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff: Applying Human Factors and Usability Engineering To Optimize Medical Device Design.

U.S. FDA. (2016, February). Applying Human Factors and Usability Engineering to Medical Devices: Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff. Retrieved from https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/applying-human-factors-and-usability-engineering-medical-devices.

Wiklund, M. E. (2022). Reflecting on four decades of progress in applying human factors engineering to medical devices. Human Factors in Healthcare, 2, 100024. https://doi.org/10.1016/j.hfh.2022.100024

日本規格協会. (2022). JIS T 62366-1: 2022 – 医療機器―第1部:ユーザビリティエンジニアリングの医療機器への適用. Retrieved from https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/index/?bunsyo_id=JIS+T+62366-1%3A2022.