医療機器のHFE/UEとは
医療機器開発におけるヒューマンファクターズエンジニアリング(Human Factors Engineering )とユーザビリティエンジニアリング (Usability Engineering)は、医療機器メーカーで実際にこの活動を行っている皆様や医療機器法規制に関わる皆様はご存じかもしれませんが、世間一般的にはそこまで知られている活動ではないかもしれません。これらの活動は、既に様々なガイダンスや規格で定義が定められています。主なものとしてFDAのHFE Guidanceと62366-1規格にある定義は、下記の通りです。
Human Factors Engineering: The application of knowledge about human behavior, abilities, limitations, and other characteristics of medical device users to the design of medical devices including mechanical- and software-driven user interfaces, systems, tasks, user documentation, and user training to enhance and demonstrate safe and effective use. Human factors engineering and usability engineering can be considered to be synonymous.
Usability Engineering (human factors engineering): application of knowledge about human behaviour, abilities, limitations, and other characteristics to the design of MEDICAL DEVICES (including software), systems and TASKS to achieve adequate USABILITY.
それぞれ若干違う言い方をしていますが、両方とも簡単にに言えば、「医療機器を開発する際に、人間の特性(human factors)を考慮して医療機器をデザインしましょう」ということを言っています。医療機器の開発においてはは、このような活動が法規制で求められています。
医療機器開発ではHFE=UE
ではなぜヒューマンファクターズエンジニアリングとユーザビリティエンジニアリングという2つの呼び名があるのでしょうか。おそらく医療機器以外の分野において昔からヒューマンファクターズエンジニアリングやユーザビリティエンジニアリングに関わって来た人であれば、それらは違うものだと捉えられている人もいるかもしれません。ただ、医療機器の分野ではそれらの言葉が同義語として捉えられています。
なぜ同義語とされているのでしょうか。薬事コンサルの方などの説明では、米国では主にヒューマンファクターズエンジニアリングと呼ばれ、それ以外ではユーザビリティエンジニアリングと呼ばれるという説明があるだけかもしれません。以前お話を聞いた薬事コンサルの方の話では、FDAが途中からユーザビリティエンジニアリングとも呼び始めたのだと、あたかも米国が間違っていたような言い方をするような方もいたりしました。はたして本当にそうなのでしょうか。
HFEとは
もともと安全のためにモノのデザインを最適化するというヒューマンファクターズエンジニアリングという分野は、米国を中心に発展してきた分野で、戦時中の軍用機器への適用に始まり、様々な業界に応用されてきました。そして、それが増加する医療ミスへの対策として医療機器の分野にも応用されるようになりました。そのような背景から、米国では今でも基本的にヒューマンファクターズエンジニアリングという分野で知られています。
ではなぜユーザビリティエンジニアリングとも呼ばれるのでしょうか。FDAのHFE Guidanceでは、ヒューマンファクターズエンジニアリングとユーザビリティエンジニアリングは同義語だと説明されていますが、このような注釈も記載されています
In the US, the term “human factors engineering” is predominant but in other parts of the world, “usability engineering” is preferred. For the purposes of this document, the two terms are considered interchangeable.
UEとは
人間と機械やシステムとの関係の最適化は、もともとヒューマンファクターズエンジニアリングが対象としてきた分野でしたが、特に従来は身体的・生理的な側面を重視しており、安全性を重視する設計であったり、機械のシステムによる労働問題の最適化というものを主な対象としていました。そのような人間工学的なアプローチに対して、人間の認知に適合したデザインの重要性が認識されるようになり、認知工学的なアプローチも加わり、使いやすさや取り扱いやすさというものをユーザビリティという概念としてより統合的に捕えようという考えが生まれ、ユーザビリティエンジニアリング というものに発展していきました。
特にユーザビリティエンジニアリング という分野は、ハードウェアを主な対象としていた当時のヒューマンファクターズエンジニアリングの分野に対し、コンピューター等の登場によるソフトウェアの発展に伴い、ヒューマンコンピューターインタラクションの重要性が認識され、インターフェイスの使いやすさに対する関心の高まりとともに、重要視され始めるようになった分野だと思います。
医療機器開発におけるHFE/UE
医療機器の設計についても国際規格を作るにあたり、そういったユーザビリティエンジニアリングの観点も盛り込まれた規格が作られましたが、医療機器に求められるリスクマネジメントに基づく、デザインによって使用関連のリスクを低減するという考えをベースとする米国FDAのHFE Guidanceとの整合性等も考慮して何度か改訂され、現在のIEC 62366-1:2015+AMD1:2020の形になっています。この規格の要求の対象は”安全性に関するユーザビリティ”に限ったものとされており、そのような安全性のユーザビリティに限ったユーザビリティエンジニアリングとヒューマンファクターズエンジニアリングは同意語ととらえられるようになりました。
一般的なユーザビリティエンジニアリングの専門家であれば、この62366-1規格で定められている医療機器のユーザビリティエンジニアリングは一般的なユーザビリティエンジニアリングと異なると思えるところが多々あるかもしれません。正直のところ、私自身もこの分野に従事していて感じますが、62366-1規格やHFEガイダンスに基づく活動のみを行うのであれば、ユーザビリティエンジニアリングよりもヒューマンファクターズエンジニアリングと呼ぶ方がより適切だと思います。米国の人間工学学会等でも、規制が求めるヒューマンファクターズ/ユーザビリティエンジニアリングの領域とそれを超えるユーザビリティエンジニアリングの領域の関係性は常に話題に上がる点でもあります。
ただ、一番重要なことは、医療機器のユーザビリティエンジニアリングもヒューマンファクターズエンジニアリングも、もっとユーザーのことを考えて設計しましょうという人間中心的な設計に基づいています。これらもまた、より良いモノづくりをするために求められる活動であることに違いはないと思います。
参考文献:
IEC. (2020). IEC 62366-1:2015+AMD1:2020 – Medical devices – Part 1: Application of usability engineering to medical devices. Retrieved from https://webstore.iec.ch/publication/59980.
日本規格協会. (2022). JIS T 62366-1: 2022 – 医療機器―第1部:ユーザビリティエンジニアリングの医療機器への適用. Retrieved from https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/index/?bunsyo_id=JIS+T+62366-1%3A2022.
U.S. FDA. (2016, February). Applying Human Factors and Usability Engineering to Medical Devices: Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff. Retrieved from https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/applying-human-factors-and-usability-engineering-medical-devices.